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豊島簡易裁判所 昭和42年(ハ)147号 判決 1968年3月29日

原告 伊藤要三郎

右訴訟代理人弁護士 小島利雄

被告 森谷幸治

右訴訟代理人弁護士 森虎男

主文

被告は原告に対し金三九、五〇〇円及び右金員に対する昭和四二年三月一日から支払済までの年五分の利率による金員を支払え。

原告のその余の請求は之を棄却する。訴訟費用は三等分しその一を原告の負担としその二を被告の負担とする。

原告は金五、〇〇〇円の担保を供するときは右判決について仮執行をなすことができる。

事実

原告

一、請求の趣旨

被告は原告に対し金八〇、〇〇〇円及び之に対する昭和四二年三月一日から支払済まで年五分の利率による金員を支払え、訴訟費用は被告の負担とするとの判決を求める。(なお、右判決について仮執行の宣言を求める。)

二、請求の原因

(1)  昭和四二年二月五日午前五時頃被告の飼育する雑種日本犬くま(呼名)が原告方庭内に垣根をくぐって侵入し原告が所有飼育する雑種芝犬まる(呼名)の咽喉部その他を咬み、治療に約一ヶ月を要する重傷を与えた。

(2)  原告は当時右まるを原告方庭に繋留していたものであり、被告は犬の占有飼育者として右くまを繋留して他人に害を与えぬよう保管すべき義務があるのに之を怠った被告の過失により右事故が発生した。

(3)  原告は右まるを直ちに杉並区の大竹家畜病院に入院させたが、その治療費に三四、五〇〇円を要した。

又原告の妻伊藤ゆわは愛犬まるの受傷のショックにより高血圧、心筋障害に罹り下石神井の関口医院に通院加療し治療費六、三七〇円通院に要する雑費九、一三〇円合計一五、五〇〇円を要した。

なお、原告自からも愛犬まるの重傷により精神的打撃を受けたがその慰藉料は金三〇、〇〇〇円に相当するものである。

(4)  被告は被告の前記不法行為によって原告の受けた物的損害五〇、〇〇〇円及び精神的損害三〇、〇〇〇円合計八〇、〇〇〇円を原告に賠償して支払うべき義務があるのに、之が履行をしない。

よって原告は被告に対し損害賠償として金八〇、〇〇〇円及び右金員に対する昭和四二年三月一日から支払済までの年五分の利率による延滞損害金の支払を求める。

三、立証≪省略≫

被告

一、請求の趣旨に対する答弁

原告の請求を棄却する、

訴訟費用は原告の負担とする

との判決を求める。

二、請求の原因に対する答弁

原告主張の請求原因中

被告が雑種犬くまを飼育して之を占有していることは認めるが、その余の事実を否認する。

三、立証≪省略≫

理由

被告が雑種犬くまを飼育占有していることは原、被告双方に争いがないところ、右くまが昭和四二年二月五日午前五時頃原告方の庭に侵入して原告が所有飼育する雑種芝犬まる(当事繋留してあった)に咬みついて傷を負わせた事実は≪証拠省略≫によって之を認定することができる。

而して被告はくまの繋留を怠ることが多く右事故当時も被告はくまを繋留していなかったことは、≪証拠省略≫を綜合することによって之を推認することができる。

(之に関する被告本人の当事者尋問の結果は措信できない)

原告の所有飼育するまるが受けた傷は家畜病院に入院して手術を要する全治約二〇日間の重傷で、原告がまるを大竹家畜病院に入院させ手術その他の治療費として金三四、五〇〇円を同病院に支払ったことは≪証拠省略≫によって之を認めることができ、原告は前記事故によって金三四、五〇〇円の物的損害を受けた事実を認定することができる。

民法第七一八条は動物の占有者はその動物が他人に加えた損害を賠償する責に任ずる、但し動物の種類及び性質に従い相当な注意を以ってその保管をなしたときはこの限りにあらずと規定しているところ、被告はその占有する飼い犬については東京都飼い犬条例(昭和三二年八月東京都条例第四四号)により之を繋留すべき義務があるのに被告が当時くまを繋留していなかったことは相当な注意を以ってくまを保管しなかったことに帰するので被告はくまがまるを傷つけることにより原告に加えた損害三四、五〇〇円を賠償すべき義務があること明白である。

原告は、なお物的損害としてまるがくまによって重傷を負わされたショックによって原告の妻伊藤ゆわが高血圧、心筋障害に罹り関口医院に通院し治療費六、三七〇円、通院に要する雑費九、一三〇円合計一五、五〇〇円を要したので、被告に之が賠償をなす責任があると主張しているが、≪証拠省略≫によって原告妻ゆわは本件事故前から血圧がよく上ることがあり、同人の発病もまるの受傷直後ではなく受傷当時は異常がなく二月八日になって損害の賠償について被告と交渉中被告から「そんなに重傷なら殺して了え」等の暴言を吐かれ同人はそのショックによって発病したものと考えられるので、被告の犬保管の注意義務違反という原因とゆわの罹病即ち原告の損害という結果との間には、関聯性があっても、相当因果関係があるとは考えられないので、被告はゆわの治療に要した費用を被告の本件保管義務違反から生じた原告の損害として之を賠償する責任はないと考えられる。

原告は被告に対し金三〇、〇〇〇円の慰藉料の請求をしているので之について考えるのに、精神的損害に対する慰藉料について規定している民法第七一〇条は「他人の身体、自由又は名誉を害したる場合と財産権を害したる場合とを問わず前条の規定に依りて損害賠償の責に任ずる者は財産以外の損害に対してもその賠償を為すことを要す」とあり前条即ち同法第七〇九条の一般の不法行為による賠償責任者は精神的損害に対する慰藉料支払の責任があることを明示しているが七一八条の動物占有者の賠償責任については七一〇条が準用されるという明文がないので動物占有者の賠償の如き特殊なものについては慰藉料の賠償責任を負わないという解釈が成立しないこともないが同法七一八条の責任も本質的には同法七〇九条の一般の不法行為の責任に包含されるものであり、損害は理論上原則として即ち同法七一〇条の有無にかかわらず財産以外の損害についても賠償さるべきものであるから、同法第七一八条の場合は同法七一〇条の適用を排除するとの明文がない以上之を準用すべきであると解釈すべきであり、被告は原告がその飼育するまるの受傷によって精神的打撃を受けた場合それに相当した慰藉料を支払うべき義務があると考えるべきである。

原告本人の当事者尋問の結果原告は犬の外鳩、インコ、亀等を家で飼育する動物愛好者で本件まるも昭和三八、九年頃から飼い毎朝散歩させ家族の一員のように愛育していた事実が認められまるの治療に二〇日間を要するような重傷によって相当の精神的苦痛を受けたことはたやすく之を認定することができるが、本件事故は被告の動物保管上の過失に基くとは言え一面では犬同志の闘争という自然的現象に過ぎず又幸いまるの傷も全治して再び原告の手許に戻って来たのであるから云はば「諦らめがつく」と言ったものであって、此等の諸般の事情を考慮し原告の慰藉料の額は五、〇〇〇円が相当であると考える。

従って被告は原告に対し動物の占有者として慰藉料として金五、〇〇〇円を支払う義務があるが、それ以上の慰藉料を支払う責任はない。

以上被告は原告に対し動物占有者の賠償責任として物的損害金三四、五〇〇円、慰藉料五、〇〇〇円合計三九、五〇〇円及び之に対する本件事故后である昭和四二年三月一日から完済まで年五分の利率による延滞損害金を支払う義務があるがそれ以外の物的精神的損害金を支払う義務はない。

よって原告の本訴請求の内三九、五〇〇円の範囲において之を正当として認容し、それ以外の請求を不当として棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第九二条本文を、仮執行の宣言については同法第一九六条第一項を夫々適用し、主文のように判決する。

(裁判官 武本俊郎)

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